緩和ケアは治療をやめること?父の終末期で初めて知った誤解と家族の経験

終活
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抗がん剤が効かなくなった日、父と家族に起きたこと

窓辺に差し込む柔らかい光と、誰もいない椅子

肺がんステージ4の父が、抗がん剤治療を始めて1年になるかならないかの時期のことです。

いつものように父を病院に連れて行き、検査を受け、担当医の診察を受けました。

ところが、その日はいつもと違いました。

急きょ、

「ご家族の方にも今後の治療方針について説明があります」

と言われました。

その内容は、抗がん剤がまったく効いていないというものでした。

新しい抗がん剤を探さなければならないこと。

そのためには入院が必要になること。

そう説明されました。

そのときの私は、特に何も感じませんでした。

父が肺がんステージ4になったことも、毎週のように病院へ送迎する生活も、いつの間にか当たり前になっていたからです。

「こんな生活が、5年、10年と続くのかな。面倒だな」

そんなことを、のんきに考えていたくらいでした。

今思えば、父はまったく違っていたと思います。

「一年間抗がん剤治療をしてきたのに、まったく効いていないとはどういうことだ」

そうつぶやきながら、静かに怒っているようでした。

当時の私は気づいていませんでした。

でも、父にとっては相当なショックだったのだと思います。

もっと優しくフォローできたのではないか。

今でもそう考えることがあります。

その日を境に、父の病状は一気に変わっていきました。

日に日に声が小さくなり、言葉だけでは意思を伝えにくくなっていきました。

ボディーランゲージを使ったり、紙に書いたりして、自分の意思を伝えることも増えていきました。

それでも、この時点では、まだかろうじて話すことはできていました。

このころから食欲も落ちていきました。

食事の量が、目に見えて減っていったのです。

そして予定していた通り、父は入院しました。


入院して一週間後、父から突然怒られた

入院してから一週間後、私は面会のために病院へ行きました。

そこで父から、突然こう言われました。

「お前ら俺になんの相談もなく勝手に病院を変えようとしただろう」

私は、何を言われているのかすぐには理解できませんでした。

「どういうこと?そんなことをするわけないじゃん。なんでそんなこと言うの」

戸惑いながら聞き返しました。

すると父は、

「〇〇先生や看護師との信頼関係が壊れた。余計なことをしやがって、お前らは大馬鹿野郎だ」

と吐き捨てるように言い、そのまま病室に戻ってしまいました。

母と私は、二人で唖然としていました。

なぜ父がそんなことを言い出したのか。

何が起きているのか。

まったく分かりませんでした。

すると、看護師がやってきました。

「先生から今後について説明があります」

そう告げられました。


父に「緩和ケア」という選択肢が示された

その後、医師から今後の治療について説明を受けました。

食が細くなっていることも含めて、新しい抗がん剤を試しながら治療を続けていくのは、体力的に厳しいのではないか。

そう説明されました。

そして、

「治療をいったん中断して、緩和ケア施設に入ることも一つの選択肢ですよ」

と言われました。

さらに、

「要介護の申請をしてください」

とも言われました。

私は、そこでようやく父の怒りの理由がつながったように感じました。

これか。

父は病院側から、治療をいったん中断して緩和ケア施設へ移るという話をされていたのか。

そして父は、それを「家族が勝手に病院を変えようとしている」と受け取ったのか。

本当に、当時の私は何も分かっていませんでした。

緩和ケア施設についても、要介護認定についても、ほとんど知識がありませんでした。


私は「緩和ケア」という言葉を完全に誤解していた

担当医から緩和ケア施設の話を聞いたとき、私の中には怒りがありました。

単純に、

「治療をやめたいんだな」

と思ってしまったのです。

さらには、

「この人は医師として能力不足なのではないか」

と疑ったくらいでした。

当時の私は、緩和ケア施設について、

「死ぬ一歩手前の、もう手遅れの人が入るところ」

「ろくに治療もしないで、お金だけ取るところ」

という、とんでもなく間違ったイメージを持っていました。

今振り返ると、恥ずかしいくらいの誤解です。

でも、そのときは本気でそう思っていました。

父自身もそうでしたが、私も父が肺がんで死ぬなんて、微塵も考えていなかったのです。

だからこそ、「緩和ケア」という言葉が出てきた瞬間に、私はそれを「治療の終了」と結びつけてしまいました。


緩和ケアは「治療をやめること」ではなかった

現在、私は当時とは違う理解をしています。

緩和ケアは、治療をやめることそのものを意味するものではありません。

がんによる痛みや息苦しさなどの身体的なつらさだけでなく、不安や気持ちの落ち込み、生活上の困りごとなども含めて、本人や家族が抱えるつらさを和らげるための医療やケアです。

そして、緩和ケアは終末期だけに行われるものでもありません。

がんと診断されたときから、治療と並行して受けることもできます。

ここは、当時の私が一番大きく勘違いしていたところです。

私は、

治療をするか、緩和ケアに移るか。

どちらか一方だと思っていました。

しかし現在の緩和ケアは、治療中から症状や不安などのつらさを和らげるために利用することができます。

通院中の病院で受けることもあれば、緩和ケア外来、入院、在宅療養など、状況に応じて受ける場所があります。

「緩和ケア」という言葉だけを聞いて、すぐに「もう治療は終わりなんだ」と決めつける必要はありません。


緩和ケア病棟と「緩和ケア」は同じではない

ここも、当時の私が混同していたところです。

緩和ケアと緩和ケア病棟は、同じ意味ではありません。

緩和ケアそのものは、通院、入院、在宅療養などさまざまな場で受けられます。

一方、緩和ケア病棟は、緩和ケアを専門的に行うための病棟です。

がんを治すことを目的とした手術や薬物療法などを行う一般的な治療病棟とは役割が異なり、がんの進行などに伴う身体や心のつらさを和らげることを中心にします。

だからといって、

「何もしてもらえない場所」

という意味ではありません。

痛みやその他の症状を和らげること、本人ができるだけその人らしく過ごせるようにすること、家族を支えることなども、緩和ケアの大切な役割です。

当時の私には、こうした違いがまったく分かっていませんでした。


父は最後まで治療を続けたいと思っていた

カーテン越しに見える、静かな曇り空

父について、もう一つ忘れられないことがあります。

担当医からは、治療を断念して緩和ケア施設に移ることを遠回しに打診されました。

しかし、父はそれを拒みました。

新しい抗がん剤を試すにしても、効果と副作用の負担を考えると、厳しいのではないかという説明も受けました。

それでも父は治療を続けたいと考えていました。

最後まで、自分が死に向かっているとは考えていなかったのだと思います。

治療を続ければ、きっと良くなる。

父はそう信じていたのだと思います。

私は、その気持ちを十分に理解できていませんでした。

「緩和ケアに移るか、治療を続けるか」という話だけを聞いてしまい、その奥にある父自身の気持ちを、きちんと聞けていなかったのです。


あのとき、私は何を聞けばよかったのか

今になって考えると、私が必要としていたのは「緩和ケアに移るべきか」という答えではありませんでした。

もっと基本的なことを、医師や看護師に聞けばよかったのだと思います。

たとえば、

  • 緩和ケアとは具体的に何をしてもらえるのか
  • 今受けている治療と一緒に利用できるのか
  • 緩和ケア病棟へ移った場合、何が変わるのか
  • 父本人はどのような選択肢を持てるのか
  • 自宅で過ごすという選択肢はあるのか
  • 介護保険の申請をすると、どのような支援につながるのか
  • 分からないことを誰に相談すればいいのか

そうしたことを、一つずつ確認すればよかったのです。

もちろん、実際の治療方針は患者さんの状態や希望によって変わります。

だからこそ、家族だけで「これは治療をやめる話だ」と判断するのではなく、父本人を含めて医療者と話をする必要がありました。

当時の私は、そのための知識も、落ち着いて話を聞く余裕もありませんでした。


「要介護の申請をしてください」と言われた意味も分かっていなかった

あのとき医師から、

「要介護の申請をしてください」

と言われたことも、当時の私にはよく理解できませんでした。

私は、病気が重くなったから介護認定を受けるのだと思っていました。

しかし、要介護認定は、病気の重さそのものを判定する制度ではありません。

介護サービスをどの程度必要としているかを判断するものです。

そのため、病気の重さと要介護度が必ずしも一致するわけではありません。

私の場合は、父の状態が急激に変化していく中で、これから必要になる介護について考えなければならない時期に入っていたのだと思います。

ただ、当時はそんな制度上の意味すら分かっていませんでした。

「なぜ今、介護保険なのか」

その理由を理解できないまま、手続きを進めることになりました。

この経験については、別の記事で詳しく書いています。

要介護認定を急いだ理由|入院中の父の介護申請で経験したこと
入院中の父の状態が日に日に悪化し、看護師から要介護認定の申請を急ぐよう言われた私の実体験です。介護申請を後回しにした理由や、病院の看護師との関わりで感じた不安、今になって思うことを紹介します。

医療者に対する不信感が強くなっていた

父が怒っていた理由も、私にはすぐに理解できませんでした。

「病院を勝手に変えようとした」

と言われても、私たちにはそのつもりはありません。

それなのに父は、医師や看護師との信頼関係が壊れたと感じていました。

その後、病院側から治療や緩和ケアについて説明を受けたことで、私はさらに混乱しました。

「なぜ今、この話をされるのか」

「なぜ父が納得していないのに、緩和ケアの話になるのか」

そんな気持ちがありました。

今振り返れば、私たち家族と医療者の間で、情報の受け取り方に大きなズレがあったのだと思います。

父は父で、何かを突然決められたように感じていた。

私は私で、「治療をやめさせられる」と受け取っていた。

医療者側には、父の体力や治療による負担を考えたうえでの説明があった。

それぞれの立場で見えていたものが違っていたのだと思います。

だからこそ、分からない言葉をそのままにせず、「それはどういう意味ですか」と確認することが大切だったのだと、今は思います。


家族も緩和ケアについて相談できる

緩和ケアについて、もう一つ当時知らなかったことがあります。

相談するのは、患者本人だけではありません。

家族も、医師や看護師などの医療者に疑問や不安を相談できます。

また、がん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」では、治療や療養生活、医療者とのコミュニケーション、緩和ケアなどについて相談できます。

「こんなことを聞いていいのだろうか」

と思うようなことでも、分からないまま抱え込む必要はありません。

私自身、当時もっと早く相談していればと思うことがあります。

特に、

「緩和ケアとは何をするものなのか」

という最初の疑問を、そのままにしなければよかったと思っています。


私があのとき一番分かっていなかったこと

父の病気が悪くなっていったこと自体は、私にはどうすることもできなかったと思います。

抗がん剤が効かなかったことも、家族が努力すれば変えられるものではありません。

でも、あのとき私がもう少し緩和ケアについて知っていたら、父の言葉を違う角度から聞けたかもしれません。

父がなぜ怒ったのか。

なぜ治療を続けたいと思っていたのか。

なぜ緩和ケアという言葉を拒んだのか。

そして、医師がなぜその話をしたのか。

当時の私は、その全部を一つにつなげて考えることができませんでした。

「緩和ケア」という言葉だけを聞いて、

「もう治療をやめるということだ」

と受け取ってしまったからです。

今振り返ると、そこにはいくつもの選択肢と、確認すべきことがありました。


あのとき必要だったのは「答え」ではなく、話を聞くことだった

私は、あのとき緩和ケアについて正しい答えを知っていれば、すべてがうまくいったとは思っていません。

父が治療を続けたいと思ったことも、医師から別の選択肢を示されたことも、それぞれに理由があります。

ただ、少なくとも私は、

「緩和ケア=もう治療をやめる」

と決めつける前に、もっと話を聞けばよかったと思っています。

父は何を望んでいるのか。

医師はなぜその提案をしたのか。

緩和ケアに移ったら、具体的に何が変わるのか。

治療を続ける場合には、どんな負担が考えられるのか。

自宅で過ごすことはできるのか。

そうしたことを一つずつ確認していけば、少なくとも「何も分からないまま話が進んでいく」という感覚は少し違っていたかもしれません。


父の終末期を経験して、緩和ケアについて今思うこと

机の上の白紙のノートとペン。聞きたいことを書き出すイメージ

あの頃の私は、緩和ケアという言葉を聞くだけで、父の治療が終わってしまうような気持ちになっていました。

でも、今は違います。

緩和ケアは、単純に「治療をやめるための場所」ではありません。

治療中でも受けられますし、身体のつらさだけでなく、心のつらさや生活上の悩みについて相談できる場合もあります。

そして、緩和ケア病棟という選択肢が示されたからといって、家族がその場で何も考えずに決めなければならないわけでもありません。

本人がどうしたいのか。

医療者は何を説明しているのか。

どんな選択肢があるのか。

分からないところを確認しながら考えていくことが大切です。

私にとって緩和ケアという言葉は、今でも父のことを思い出させます。

同時に、

「知らない言葉を、勝手に自分の中で意味づけしてはいけなかった」

とも思います。

あのとき私が知りたかったのは、「緩和ケアを受けるべきか」という答えではありませんでした。

父に何が起きているのか。

医師は何を考えているのか。

緩和ケアとは何をするものなのか。

そして、父自身は何を望んでいるのか。

それを理解するための時間と知識が、私には足りませんでした。


まとめ

父の治療がうまくいかなくなったとき、私は「緩和ケア」という言葉を正しく理解できていませんでした。

「緩和ケア=治療をやめること」

だと思い込み、医師の説明にも強い不信感を持ちました。

父も、病院や医療者に対して強い怒りを抱えていました。

今振り返れば、あのとき必要だったのは、家族だけで意味を決めつけることではなく、本人と医療者に一つずつ確認することだったのだと思います。

緩和ケアは、現在ではがん治療と並行して受けることもでき、通院・入院・在宅などさまざまな場で行われています。

もし「緩和ケア」という言葉を突然聞いて戸惑ったとしても、

「それは具体的に何をするものですか?」

と聞いてみてください。

私自身が、あのとき最初に聞けばよかったと思っている質問です。


この記事の体験について

この記事では、私自身が父の肺がんの治療と終末期を経験した中で感じたことを書いています。

父の病状や当時の医療者とのやり取りは、あくまで私の家族が経験した一例です。

現在の緩和ケアに関する説明については、国立がん研究センターなどの公的・専門機関の情報をもとに整理しています。

参照した主な情報

  • 国立がん研究センター「緩和ケア」
  • 国立がん研究センター「肺がん 治療」
  • 国立がん研究センター「がん相談支援センター」
  • 厚生労働省「要介護認定はどのように行われるか」