父を自宅で看取ると決めた日|退院準備から葬儀社探しまで、家族が経験したこと

終活
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父が肺がんステージ4となり、入院中に日に日に状態が悪化していった頃、私たち家族は父を自宅で看取ることを考えるようになりました。

父はほぼ寝たきりになり、受け答えもできない状態でした。

呼吸をするたびに、痰が絡んでいるような、喉がゴロゴロする音が聞こえていました。それでも父は、「苦しい」「ツライ」「痛い」といった弱音を一度も口にしませんでした。

自宅で父を看取ると決めてから、訪問介護サービスの利用に向けた準備や、介護ベッドの手配など、退院に向けて急いで動き始めました。

しかし、父は自宅に戻ることなく、退院する日の前日に病院で亡くなりました。

父が亡くなったのは日付が変わる時間帯で、その直後には、今度は葬儀社を探さなければなりませんでした。

この記事では、自宅で父を看取ると決めてから、退院準備、父の最期、そして葬儀社を探すまで、当時の私たち家族に起きたことを、そのまま書き残します。


父を自宅で看取ることを考えるようになった

窓辺に置かれた、まだ使われていない介護ベッド

なんとか要介護認定の申請を済ませましたが、その頃には父の病状はさらに悪化していました。

父は完全に受け答えができない状態になり、ほぼ寝たきりになっていました。

呼吸をするたびに、痰が絡んでいるような、喉がゴロゴロする音が常にしていました。

とても苦しそうに見えました。

それでも、父は一度も「苦しい」「ツライ」「痛い」といった弱音を吐きませんでした。

母に心配をかけまいと気丈にふるまっていたのかもしれません。

ただ、それは今となっては確認することができません。

生前の父と私の関係は、決して良好とは言えませんでした。

私がいる前では、本音を漏らすことができなかっただけなのかもしれない。

そんなことを、今になって考えることがあります。

要介護認定の申請を急いだ当時の経緯については、こちらに詳しく書いています。

要介護認定を急いだ理由|入院中の父の介護申請で経験したこと
入院中の父の状態が日に日に悪化し、看護師から要介護認定の申請を急ぐよう言われた私の実体験です。介護申請を後回しにした理由や、病院の看護師との関わりで感じた不安、今になって思うことを紹介します。

介護認定の結果は一か月くらいかかると伝えられていました。

その間、父の状態がそこまで持つのか。

そんな不安を抱えながら、油断のならない日々を過ごしていました。

病院からは、緩和ケア施設に入るか、自宅で看取るかという選択肢を示されました。

私たちは、迷いませんでした。

母の希望は、自宅で父を看取ることだったからです。

もちろん、私たち家族にとって、緩和ケア施設に入ることが金銭的に厳しかったという事情もありました。

いろいろなことを考えたうえで、父を自宅に連れて帰る準備を始めることになりました。


父を自宅に迎えるために、退院準備を始めた

自宅で父を看取ると決めてからは、急いで退院の準備を始めました。

父の状態を考えると、家に帰ってきてから家族だけで何とかするというわけにはいきません。

介護サービスについても準備が必要でした。

介護保険の申請後、認定結果を待っている間でも、暫定ケアプランによって介護サービスを利用できる場合があると知りました。

そこで、訪問介護サービスの利用に向けた準備や、介護ベッドの手配など、自宅に父を迎えるための準備を進めました。

当時の私は、介護について詳しい知識があったわけではありません。

それでも、父を家に連れて帰るために、必要だと言われたことを一つずつ進めていきました。

今振り返ると、もっと早い段階からこうした準備について知っていればよかったと思います。

ただ、その時点では、父が本当に自宅に帰れるのかどうかさえ分からない状態でした。


退院の日が決まり、家族は父を迎える準備をしていた

それでも、少しずつ退院に向けた準備は進んでいました。

父を家に迎えるために、介護ベッドを準備する。

訪問介護サービスを利用できるようにする。

家族も、父が帰ってきた後の生活を考え始めていました。

「父が家に帰ってくる」

そのことを前提に、私たちは動いていました。

もちろん、不安はありました。

父はほぼ寝たきりで、以前のように会話することもできません。

自宅に戻ったとしても、家族だけで対応できるのかという心配もありました。

それでも、病院から自宅へ父を連れて帰る準備をしていました。

退院の日も決まりました。

あとは、その日を待つだけだと思っていました。

しかし、そうはなりませんでした。


父は退院する前日に病院で亡くなった

夜の病院の廊下に灯る、非常灯の柔らかい光

退院する日の前日。

父は病院で亡くなりました。

自宅に帰ることはできませんでした。

担当医からは、延命処置は取らないと告げられていたので、私たちはただ父を見守るしかありませんでした。

最初は苦しそうでした。

その後、薬を投与されてからは、落ち着いたように眠っていました。

それから数時間かけて、呼吸が徐々に弱くなっていきました。

そして、父は静かに息を引き取りました。

自宅で看取るつもりで準備していたのに、父が亡くなった場所は病院でした。

介護ベッドも、訪問介護の準備も、父を迎えるために進めていたことは、父が家に帰ってくる前に終わってしまいました。

あれだけ急いで準備していたのに。

退院の日を待っていたのに。

父は、その一日前に亡くなりました。


父が亡くなった直後、今度は葬儀社を探すことになった

父が亡くなったあとも、悲しんでいるだけの時間はありませんでした。

今度は葬儀の準備をしなければなりません。

父が亡くなったのは、日付をまたぐ時間帯でした。

葬儀社や搬送の手配について、私は何も準備していませんでした。

そこで、スマートフォンで慌てて葬儀社を検索しました。

どの葬儀社がいいのか。

提示されたプランが適正な価格なのか。

他の葬儀社と比較した方がいいのか。

そんなことを考える余裕はありませんでした。

何が正しいのか分からない。

でも、父をそのままにしておくこともできない。

結局、十分に比較検討できないまま、見つけた葬儀社にお願いすることになりました。

今振り返っても、あのときは疑心暗鬼でした。

「この葬儀社で大丈夫なのだろうか」

「このプランでいいのだろうか」

そう思いながらも、判断するための時間も知識もありませんでした。

父が亡くなった直後は、葬儀の手配だけでも精一杯でした。

その後に必要になる手続きについてまで、考える余裕はありませんでした。

親が亡くなった直後に何をすればいいのか、期限のある手続きを含めて確認したい方はこちらにまとめています。

親を亡くした直後にやるべき手続き一覧|14日・3か月・10か月の期限で解説
親を亡くした直後にやるべき手続きを、7日・14日・3か月・10か月の期限別に整理。相続放棄や相続税申告など見落としやすい期限も、実体験を交えてわかりやすく解説します。

葬儀会場が病院の近くになり、もやもやした

さらに、葬儀会場についても、今でも少し心に残っていることがあります。

なぜか葬儀会場は、自宅の近くではなく、父が亡くなった病院の近くになっていました。

父が亡くなった病院は、自宅から車で40分強かかる場所でした。

「何でここなんだろう」

そんな疑問がありました。

もちろん、当時は私自身が葬儀について何も分かっていませんでした。

葬儀社に何を確認すればいいのかも、どこまで希望を伝えていいのかも分かりませんでした。

だからこそ、その場所になった理由を十分に理解できないまま、もやもやした気持ちを抱えて父を送り出すことになりました。

父が亡くなった直後は、葬儀を無事に終えることで精一杯でした。

もっと事前に葬儀について知っていれば、少なくとも、分からないまま誰かに任せるしかないという状況にはならなかったのではないか。

今になって、そう思うことがあります。


親が元気なうちに、葬儀についても話しておけばよかった

父が亡くなってから、私は葬儀についても、もっと早く知っておけばよかったと思うようになりました。

葬儀社をどう選ぶのか。

どんな葬儀をするのか。

どこで葬儀をするのか。

費用はどのくらいかかるのか。

そうしたことを、親が元気なうちに話しておけば、突然その日が来たときに、もう少し落ち着いて判断できたかもしれません。

もちろん、親が元気なときに「亡くなったときの話」をするのは、簡単なことではありません。

私自身も、父が元気だった頃には、そんな話をしようとは思いませんでした。

「まだ大丈夫だろう」

そう思っていたからです。

でも、父の病状が急激に悪化してからは、話し合う時間そのものがなくなってしまいました。


父の死を経験して、家族が事前に準備しておきたいこと

父を見送った経験から、私が事前に知っておきたかったことはいくつかあります。

まず、親が病気になったとき、どのような医療や介護の選択肢があるのかということです。

次に、介護が必要になった場合、どのような制度を利用できるのかということ。

そして、人生の最終段階になったとき、本人や家族が何を希望しているのかを話しておくことです。

厚生労働省では、人生の最終段階における医療・ケアについて、本人による意思決定を基本とし、医療・ケアチームと十分に話し合いながら方針を決めていくことを示しています。

ただ、私たち家族の場合は、父が元気なうちにそうした話し合いをしていませんでした。

父が病気になってからも、十分に話すことができませんでした。

そして、父の状態が急激に悪化してから、私たちは慌てていろいろなことを決めることになりました。

今なら、病気になってからではなく、もっと元気なうちに少しずつ話しておけばよかったと思います。


「準備しておけばよかった」と思うことと、「準備できなかった」ことは違う

机の上の電話と手帳。慌てて何かを調べたり書いたりするイメージ

父を亡くしたあと、私は何度も、

「もっと準備しておけばよかった」

と思いました。

でも、今になって考えると、すべてを事前に準備できたわけではありません。

父がどのタイミングで急激に悪化するのか。

いつ退院できるのか。

自宅でどれくらい過ごせるのか。

そんなことは、当時の私には分かりませんでした。

実際に私たちは、自宅で父を看取ると決め、介護ベッドまで準備しました。

それでも、父は自宅に帰ることができませんでした。

だから、

「準備しておけば、すべてうまくいった」

とは今でも思っていません。

ただ、知識があれば、少なくとも「何をすればいいのか分からない」という状態は減らせたかもしれません。

それだけでも、家族にとっては大きかったと思います。


私が父を見送って、今伝えたいこと

父が亡くなったあと、私は終活について考えるようになりました。

それまでは、終活というと、エンディングノートを書いたり、財産を整理したり、お墓について考えたりすることだと思っていました。

もちろん、それも終活の一つです。

でも、父を見送った今は、それだけではないと思っています。

病気になったときにどうするのか。

介護が必要になったらどうするのか。

どこで過ごしたいのか。

誰に何を伝えておきたいのか。

そして、家族が突然その判断を迫られたとき、少しでも落ち着いて対応できるように、必要な知識を持っておくこと。

それも、家族を守るための準備なのだと思います。

私たちは、父が元気なうちに十分な準備をしていませんでした。

そして、父が病気になってからも、準備する時間は十分にはありませんでした。

だからこそ、この記事を読んでいる方には、すべてを一度に準備しようとするのではなく、元気なうちにできることから少しずつ知っておいてほしいと思っています。


まとめ

父を自宅で看取ると決めてから、私たちは退院に向けて急いで準備を始めました。

訪問介護サービスの利用に向けた準備をし、介護ベッドも用意しました。

ところが、父は退院する日の前日に病院で亡くなりました。

自宅で看取るつもりだったのに、父は家に帰ることができませんでした。

そして父が亡くなった直後、私たちは今度は葬儀社を探すことになりました。

十分に比較する時間もなく、スマートフォンで検索して、疑心暗鬼のままお願いするしかありませんでした。

あの経験を振り返ると、もっと早くから知っておけばよかったと思うことがたくさんあります。

ただ、すべてを準備していれば、父の最期が違うものになったとは思っていません。

それでも、医療や介護、葬儀について少しでも知識があれば、突然その時が来たときに、家族の負担を少し減らせたのではないかと思っています。


よくある質問

Q1.自宅で親を看取る場合、何を準備しておけばいいですか?

本人や家族の希望を確認したうえで、医療・介護の体制、自宅で必要になる福祉用具、訪問看護や介護サービスなどについて、医療・介護の関係者と早めに相談しておくことが大切です。

私たちの場合は、父を自宅に迎えると決めてから、訪問介護サービスの利用に向けた準備や介護ベッドの手配を進めました。

ただ、父は退院する前日に亡くなったため、実際に自宅での介護を始めるところまでは進みませんでした。

Q2.要介護認定の結果が出る前でも、介護サービスを利用できますか?

要介護認定の申請後、認定結果が出る前でも、暫定ケアプランによって介護サービスを利用できる場合があります。

ただし、利用できるサービスや手続きについては、自治体やケアマネジャーなどに確認する必要があります。

私たちも、父を自宅に迎えるために、認定結果を待ちながら準備を進めました。

Q3.親が亡くなった直後は、まず何をすればいいですか?

葬儀や搬送の手配だけでなく、死亡届などの公的な手続きや、健康保険・介護保険、年金などの手続きもあります。

私自身、父が亡くなった直後は葬儀社を探すことで精一杯で、その先の手続きまで考える余裕がありませんでした。


この記事について

この記事は、父が肺がんステージ4となり、入院中に状態が悪化していくなかで、家族が自宅で看取ることを決め、退院準備を進めたものの、退院前日に父を亡くした実体験をもとに書いています。

父の状態や家族がそのとき感じたこと、判断したことについては、当時の私自身の記憶に基づいています。

一方、介護や人生の最終段階における医療・ケアなどの一般的な情報については、厚生労働省などの公的資料を参照しています。

この記事で紹介している体験が、すべての家庭や患者さんに当てはまるわけではありません。医療・介護について具体的な判断が必要な場合は、担当の医療・介護関係者にご相談ください。


参照元

  • 厚生労働省「人生会議」ポータルサイト
  • 厚生労働省「『人生会議』してみませんか」
  • 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
  • 厚生労働省「疾病・事業及び在宅医療に係る医療体制について」
  • 厚生労働省「要介護認定」関連資料

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